金田一耕助の事件簿066ｂ
｢骨格｣である本作品から、横溝の｢肉付け｣を考える
「扉の中の女」（横溝正史）
（「金田一耕助の帰還」）光文社文庫
依頼人からの話に、
金田一は興味を覚える。
自らの恋敵が殺害される現場を
目撃したというのだ。
このままでは
自分が犯人として疑われる、
あるいは犯人に殺される。
依頼人は現場に落ちていた
ハット･ピンと手紙の切れ端を
提示し…。
横溝正史の短篇作品です。
前回の｢扉の影の女｣と同じ
粗筋紹介を掲載しました。
こちらはその原形作品であり、
大まかな筋書きは同一です。
改稿作品を読んだあとに
原形作品を読むと、
あまりにもシンプルで驚きます。
なんと七倍の長さに
改稿されていたのですから。
【事件簿File-066ｂ｢扉の中の女｣】
〔事件発生〕
不明(東京･銀座)
※12月であることは確か。
｢渦の中の女｣事件以降であるため、
昭和32年以降の可能性あり。
改稿作品では昭和30年となっている。
〔依頼人〕
夏目加代子
…バー｢モンパルナス｣のホステス。
事件を目撃。
〔捜査関係者〕
川合警部補…所轄暑捜査主任。
等々力警部…警視庁捜査一課警部。
〔事件関係者〕
タマキ
…バー｢お京｣のホステス。
ハットピンで刺殺される。
白井謹三
…ボクサー。タマキの愛人。
以前は加代子と関係。
広田…レストラン｢朝日軒｣コック。
沢田珠実
…数寄屋橋付近で
轢き逃げされた高校生。
沢田綾子…珠実の母親。
犬飼信平
…綾子の義甥。詩人。
ペンネームは犬飼銀星。
これまでも書きましたが、
原形作品を読めば、
横溝の創作上の思考を
読み取ることができます。
本作はいわば｢骨格｣であり、
横溝はどのように
｢肉付け｣を行っていたのか？
一つは殺害された女性･タマキに
立体感が感じられるよう、
その周辺が書き加えられています。
愛人･白井(改稿後は臼井)との関係を
精密に描写し、
さらに金門剛なるパトロンを創出、
タマキの浮気な性格を強調しています。
その金門剛にも、
金田一への捜査依頼を行わせ、
存在感を強めるとともに、
レストラン(改稿により
朝日軒からトロカデロへ)の
マダム･藤本美也子、
その愛人で財界の大物･加藤栄造を
創り上げ、人間関係を濃密にしています。
また、白井という人物も、
単なるボクサーにとどめず
プロで売り出し中という
華やかな設定にし、
さらにはマダムXなる一夜の愛人を拵え、
その行動に
必然性を持たせているのです。
同時に金田一との関わりを濃くし、
加代子とのいきさつを
詳細にすることにより、
愛情物語の要素も持たせることに
成功しています。
そして何と言っても
多門修を登場させたことが、
金田一の捜査の幅を広げました。
尾行や監視などは、
頭脳派の金田一にとっては
苦手な作業であるばかりでなく、
金田一の出で立ちを考えると
ほぼ不可能といえます。
警察とは別個に捜査をするとすれば、
必ず助手が必要となるのです。
そうした意味で多門修の追加は
大きな意味があるのです。
そのようにして
メインの｢殺人事件｣の描写を
最大限に膨らませることにより、
その裏に存在していた
｢轢き逃げ事件｣の登場を遅らせ、
事件全体の構造を見えにくくし、
簡単には見通せない仕組みを
創り上げたのです。
こうした経緯を考えながら
改稿作品｢扉の影の女｣を見渡すと、
緻密かつ堅牢な
建造物であるかのように思えます。
横溝作品は、改稿作品と原形作品を
セットで読むのがお薦めです。
〔改稿作品｢扉の影の女｣〕
〔本書収録作品一覧〕
※すべて原形作品
毒の矢
トランプ台上の首
貸しボート十三号
支那扇の女
壺の中の女 ｢壺中美人｣原形
渦の中の女 ｢白と黒｣原形
扉の中の女 ｢扉の陰の女｣原形
迷路荘の怪人 ｢迷路荘の惨劇｣原形
（2022.10.7）
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